【コラム】「与えられた夢」と「勝ち獲った夢」(第25期生!最後の意地を見せ5年ぶり3度目の西日本選手権大会出場決定!!)

令和元年6月16日を皮切りに、熱き戦いを繰り広げた「2019年度日本リトルシニア西日本選手権関西連盟中国支部大会」を見事優勝で飾り、5年ぶり3度目の出場を決めた!!

今年の第25期広島瀬戸内は、9名の精鋭なる3年生選手を揃えながら、度重なるケガやアクシデントに見舞われ、思いどおりのポテンシャルを発揮できなかったが、ここに来てようやく駒も揃い、最後の最後の全国行きのチャンスで悲願を達成した。

西日本選手権予選については、一昨年度の監督会議の席で
「全国行きにかかる大会は、ちゃんとした予選をしてやって欲しい」
という、各監督さんの要望を汲み入れ、3年前から実施しているが、結果的にコレが大成功だったように思える。

 

全国大会出場という所業は、全チームの中から選ばれた「栄誉」であり、これは決して「与えてもらう」ものではない。

全チームの子どもたちが築いてきた、2年半の長きに亘る「努力」や「夢」を踏み台にしてまで手にする、まさに自分たちの手で「勝ち獲る」ものである。

 

決して「何かのオマケ」で付いてくるモノではない。

 

私は連盟の役員にも携わっているが、この予選制度を採用した効果で、今までは

「はんっ…西日本か」

というような、オマケのような価値観から

「よっしゃー!西日本や!」

というブランド価値に、確実に格上げされたと痛感している。

 

これは紛れもなく、子どもたちが勝って掴んだ「ご褒美」だという栄誉にほかならない。

我々「運営側」は、これからも「大人の事情」も加味しながら、それでも最後はやっぱり

「子どもたちの夢」を尊重し、そして何より

「栄光は、努力して掴むモノ」という大切なコトを教えてあげたい。

 

日本選手権やGIANTSカップだけが「目標」ではない。

センバツも林和男も…そしてこの最後の全国である「西日本選手権」も、子どもたちにとっては「立派な夢」であり、目指すべき「目標」なのである。

その答えが間違いでなかったことを、各試合が終えた「認定式」で、子どもたちの充実した笑顔が、僕に確信として教えてくれた。

 

今大会より、中国支部初の試みとして、権利獲得戦である、西日本選手権予選、GIANTSカップ予選、野村謙二郎予選の3大会にも、努力して勝ち得た子どもたちとちゃんと向き合い、

「キミたちが勝ったんだよ!」

「キミたちの努力が報われたんだよ!」

という「敬意」を込めて、ささやかではあるが、小さなトロフィーと出場権獲得の「認定証」を手渡すことにしてあげた。

(野村謙二郎とGIANTSカップは2020年度大会から実施)

 

これまでの中国支部は、三大会しか「称えて」あげなかった。

各チームの子どもたちが、血の滲むような努力をして勝ち獲った地位を「ただの予選だから」という理由で、紙切れ一つすら渡してあげる「敬意」もみせなかった。

僕はそれが不満で不満で仕方なかった。

 

たかが予選でもイイじゃないか。

たかが代表決定でもイイじゃないか。

お金を使い、時間を使い、努力と汗を流してまで掴んだ「栄誉」なのだから、それはちゃんと「評価」として称えてやらないと教育とは呼べない。

 

言葉ではみんな「飴と鞭」を多用するが、練習や努力が「鞭」なら、表彰式は歴とした「飴」ではないか。

そんな当然でもあるアツい想いが、今年度からようやく「採用」された。

 

これまでのように、長く厳しい戦いを勝ち抜いてきても、誰もグランドで両手を広げてくれる者はおらず

「はよ、グランド整備せぇや!」「はよベンチ掃除せぇや!」と吠える大人たち…

 

今年の西日本予選には、その姿はなかった。

広島瀬戸内の選手も、呉中央の選手も、どの選手も真っ赤に顔を紅潮し、誇らしげに胸を張り…

そして「誰もが」とても嬉しそうだった。

 

その姿にもう誰一人として「所詮、日本選手権の負け組予選」と呼ぶ者はいない。

「神宮のオマケ大会」と蔑む者もいない。

 

立派に西日本選手権予選大会を勝ち抜いた「勇者たち」と称える者たちばかりだった。

僕はズーーーーーーーーーーーーーーッ…と

「この姿」を求めていた。

「この笑顔」を求めていた。

「この景色」を実現させたかった。

 

帰り際、呉中央のスタッフの方々に会釈をし、会場を後にしようとしたところ、あるコーチにこう言われた。

「こんなに西日本の出場が嬉しい思うたの…初めてじゃわ」と。

 

僕は渾身の握り拳をし、我がチームの優勝より嬉しい言葉を聴いた。

こうゆう言葉が聴きたかった。

 

今大会結果は、広島瀬戸内と呉中央という呉地区チームの同時出場が決まった。

 

この組合せは、奇しくも2014年の第4回大会(九州連盟大会)と同じカードである。

この時の出場は第20期生(山本ダンテ武蔵が主将)が出場し、その時に「長崎東リトルシニア」さんと対戦させていただいたことがきっかけで、広島瀬戸内大会の毎年招聘チームとして、今日までのご縁をいただいている。

 

人との出逢いなど、なにがきっかけで、何がご縁になるのか分からない。

今年の西日本選手権大会は、どんな「ご縁」が待ち受けているのだろう…

そう考えると、今からワクワクしてたまらない。

 

その「ご縁」を与えてくれたのは…

他ならぬ「第25期生のキミたち」なのだから。

 

さぁ!いこう!みんなで名古屋へ!

いざゆかん!尾張の国へ!

 

広報部では、随時、西日本選手権大会の動向をクローズアップしてゆく予定です!

 

広島瀬戸内シニア第25期生!!
西日本選手権大会の出場、本当におめでとう!!

2019年6月29日 | カテゴリー :