2021年3月。
球春到来を告げる、素晴らしき季節を迎えたというのに、我らが27号丸は、いきなり荒れ狂う海原に座礁しかかっている。
依然、衰える兆しのない新型コロナウィルスの脅威にも負けず、春季大会の開幕を迎えたというのに、大事な初戦を逆転負けで星を落とし、いきなり絶体絶命のピンチとなった。
次の第三節は、負ければほぼ「2021年の春は終わり」という、非常に厳しい状況に追い込まれた。
その大事な大事な第三節は、近年ではもう、東部地区の絶対的強豪で知られる、東広島シニアとの対決となった。
東広島シニアは既に2勝し、この試合に勝てば東部Bリーグ代表の一番乗りを決める。
このリーグを殺すも、盛り上げて面白くするも、とにかくウチが東広島に勝ち、待った!をかけなければ始まるものも始まらない。
とにかく、この試合だけは何が何でも絶対に勝たなければならないのだ。
そんな気合いの中、この大事な試合のマウンドを任されたのは、エースの福嶋ではなく、今、最も勢いに乗る、背番号10の西田 悠和の右腕に託したのだ。
闘将、伊藤の決断に迷いも寸分の不安もない。
自分の目でここまで西田を育てあげ、自信を持って選んだ教え子に、何の不安も不信もない。
自分の嗅覚を信じ、そして、苦楽を共に分かち合ってきた「教え子を信じる覚悟」に何の怖さと不安があろうか。
しかし、その西田は初回、いきなりその「大きな重圧」に、自分を全く見失ってしまう。
自分を信じて、この大事な試合を託してくれた江田島の親父の「大きな信頼」という「重圧」に、一瞬にして頭の中が真っ白になってしまったのだ。
初回、俊足巧打の先頭打者をいきなりストレートの四球で歩かる。
続く二番打者には、送りバンドの構えで揺さぶられ、その間に盗塁を決められノーアウト二塁。
そして二番打者には、キッチリ送りバントを決められ、あれよ…あれよ…という間に、ノーアウト三塁という先制のピンチを迎えてしまった。
その直後だった。
マウンドの西田はもちろん、グランドにいる選手が不安げな表情になるより先に、三塁側ベンチから、大きな声で「タイム!」という声と共に、闘将がゆっくりとマウンドへと向かった。
その決断の早さは、まるで「予め準備していた」かのような素早さであった。
誰もが「早かろう!」と言う言葉が飛び交う中、闘将は全く意に介さず、ゆっ…くりと…
そして険しさとは違う、いつになく真剣な眼差しで、マウンド上の教え子の前に仁王立ちをした。
その時間にして約20秒…
最初はフワフワ焦点の合っていない悠和の目が、徐々に…徐々に…焦点が定まり…
先ほどとは明らかに違う表情を浮かべ、みるみるうちに精気と闘志が蘇ってきた。
それを確認した闘将は、いつもの笑顔とともに、大きくポーン!と悠和の尻を叩き、ニッコリ大きく頷いて足早にマウンドを降りた。
たった「これだけ」である。
子どもって本当に不思議な生き物だ。
たった一度の「息吹」だけで、一瞬にして自分を取り戻してしまうのだ。
そこから悠和の背中から、キラキラ輝く…大きな大きな翼が生えた。
気が付けば、
「ノーアウトランナー三塁。打順はクリーンナップから」
という、絶体絶命のピンチを、まるでユニコーンが雲を舞うように、華麗なピッチングで後続を完璧に斬って取った。
悠和という名の小さなサナギが、ようやくキレイな羽を広げ、大空を舞った瞬間だった。
野球って本当に面白い。
そして、本当に奥が深い。
何試合戦おうと、何百試合、何千試合、打席に立ち、マウンドに立とうと…
そして、何百、何千試合、選手たちに采配を奮おうと…
野球っていうスポーツは、毎回、同じ答えなど絶対にない。
何度同じ失敗を繰り返し、何度同じ教訓を胸に刻み、そして、何度同じ感動を味わっても…
どの試合も「同じ答え」や「同じ結果」などない。
何百何千、後悔し、何百何千、新しことを教えられ、何百何千と…反復練習の繰り返してもまた…
不思議なことに、結局、毎回…毎回…「答え」や「エンディング」が変わってしまうスポーツ…
それが野球。
だから楽しい。だから何百年も続く、歴史あるスポーツなのだ。
最近僕は、つくづく思う。
結局、野球ってやっぱり「今」も「昔」も、そしてこれから何百年先もズーッ…と。
根性論と精神論がドロドロに渦巻く、究極の「スポ根」なんだろうな。って。
結局、誰より「勝ちたい!」と本気で思ってるヤツ(チーム)が勝ち、
「あ~負けたな」って、一瞬でも思ったヤツ(チーム)が負けるんだろうな。って。
プレーヤー(選手)も、指導者(監督コーチ)も、そして、支援者(我々、家族)も。
「諦めた者が負け」なんだよな。って。
だからさ。ボクたちは諦めちゃダメなんだよ。
諦めた時点で「終わり」なんだよ。
プレーヤーは最後の「ゲームセット!」のコールまで泣いちゃいけないし、サイレンが鳴るまで「負け」を認めてはいけない。
指導者は、最後のナツの背番号回収まで、決して選手の手を離しちゃいけないし、目の前にいる全ての選手を「信じる」ことを諦めてはいけない。
そして、我々、家族は、最後の最期まで、その「選手」と「指導者」を姿を見届けなちゃならないし、目の前の彼らを「信じる」ことを、決して諦めてはいけない。
この3つの「諦めないキモチ」が一番強いチームが…結局、ナツの神宮球場で野球をやってるんだと思う。
そうやって最後まで諦めなかったヤツに…
野球の神さまが、最後のご褒美として「神宮の空」を眺めることを許してくれるんだと思う。
この試合は、ほんの僅かだけ…
お前らが東広島の選手たちより「勝ちたい」という気が勝ってたから、勝てたんじゃねーのかな。
結局さ? ここらまで来ると、センスや技術じゃねーんだわ。
どのチームも同じようにツラい冬を越し、お前らと同じように野球三昧で練習し、来る日も来る日もバット振ってきてんだよ。
同じように汗かいて、同じように努力して、同じように神宮夢見て頑張ってんのよ。
そっからの勝ち負けはもう自分との戦い。技術やセンスなんかじゃない。
根性論と精神論なんだわ。
勝ちたい!と、思うヤツが勝つ。
絶対負けねー!と、諦めないヤツは絶対負けない。
結局、最後は「そこ」しかないのよ。
さぁ…今週末はいよいよ「そこ」の戦いとなる。
次節はこの春の集大成とも言える大一番。
次の対戦相手も東広島チームと同じ、この試合を勝てば本戦出場が確定する。
今度の相手も技術やレベルは君たちと遜色はない。
勝敗の行方を決めるのは…もう言わなくても分かるよな?
遥大…
秋の悔しさを忘れちゃいないか?
宗也…
この冬練の苦しさを忘れてないか?
昨年の秋に殴られっぱなしで終わってエエんか?
逢夢…
試合中にマスク外す回数が減ってきよんじゃないんか?
行こうで!神宮に! みんなで一緒に!
このメンバーで一緒に行こうで!
この春、絶対勝って、この19人全員で「神宮の空」を眺めようで!
東京のヤツらに、わしらの野球みしちゃろうで!
はぁやることないくらいやってきたんじゃ!
呉と島のモンが「キモチ」で負けよっちゃーツマりゃせんど!
今週末はワレらの「最上級の意地」をみせい!
わしゃ信じとるど!